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「あの角に、ナショナル現金登録機の店があったんだ」

中心街で信号待ちをしている時、助手席の父が突然口を開いた。

「現金登録機って?」

聞きなれない言葉の意味を尋ねた私に、父が昭和20年代後半の話を始めた。

戦前から私の一族が営んでいた店は、時代背景を追い風に大いに繁盛した。店にはいつも多額の現金があった。しかし、私の祖母が、そしてまだ中学生~高校生だった父が、ひっきりなしに店の金を抜き取った。いくら繁盛店とはいえ、これではもたないと考えた祖父が、販売が始まったばかりの「ナショナル現金登録機」をこのまちで最も早く導入し、現金の出入りを記録することで勝手な持ち出しを防いだ、というのが父の説明だ。

「うちには手癖の悪い猫が2匹いましてね」と、業者に対して苦笑いする祖父の表情を、父は今も覚えていた。

私は祖父の顔を覚えているが、私に物心ついたころには中風で言葉を失っていたので、会話した記憶はない。祖父の死後、父は商売替えをしたので、当時の店はもうない。「ナショナル現金登録機」も見たことがない。

父を実家まで送ったあと、現金登録機とはおそらくレジのことだろうが、松下電器産業の守備範囲が広かったとはいえ、そんなもの作っていただろうかと考えていて思い至った。ナショナル現金登録機とは、National Cash Register、つまりNCRであろう。私が知っているNCRは米国資本のコンピューターのメーカーだが、昭和20年代から新鋭のマシンを導入するということは、祖父には新しいもの好きの一面があったのかもしれない。酒におぼれた挙句、中風にならなければ、祖父とはいろいろな話ができたのかもしれないのにと、生まれて初めて思った。

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