塩分

入院している父に一日付き添った。身の回りの世話はすべて看護師さんや介護のスタッフがプロとして当たってくれるので、話し相手になるくらいしかやることはない。何か別にしてほしいことはないかと聞いたら、父が言った。

「何かごはんにかける味の濃いものを買ってきてくれ。ウニとか塩辛とか」

幼いころからいろいろ苦労はしてきたが、金の苦労だけはしたことのない父は、食べ物に贅沢で、痛みや不便よりも入院食の味の乏しさに辟易していた。退院目標日が医師によって設定されると、入院食をもう食べなくて済むという理由で大喜びした。しかしXデーまであと2週間。それまでの拷問のような食事を乗り切るために、味の濃いごはんのお供が必要だと言い出したのである。

ところが、父の病室には小さくて性能の悪い冷蔵庫しかなく、腐りやすい食品の保存ができない。スーパーに行った私は、まずウニをあきらめた。塩辛の大半はチルドコーナーにあり、これもすぐに腐るのが目に見えていた。最後に見つけたのは常温の瓶詰状態で販売されている「桃屋の塩辛」だった。昔からCMを通じて商品の存在は知っているし、母が買ってきたのを食べたことがあるのかもしれないが、私が自分でお金を出して買うのは初めてだ。

病室に戻り、父に塩辛を渡したが、私は他に用事があったのでいったん病院を出た。戻ってくると夕食の時間になっていた。塩辛はどうなったかと尋ねると、父は不機嫌な顔になった。

「こんなしょっぱいもの食えない」

ずいぶんとわがままな人だと思った。病院食の味の薄さに不満を言い、味の濃いものには「食えない」。少しだけごはんに載せてよくかき混ぜて食べればいいではないか、とは言わずに、ああそうですか、じゃあぼくが持って帰りますとだけ言った。

塩辛は好きなほうなので、帰宅後にあつあつのごはんにかけた。一口食べて思った。

「こんなしょっぱいもの食えない」

大学に入り一人暮らしを始めたころ、塩まみれのワカメを水で洗わずに食べたことがあるが、それに匹敵する塩辛さだった。外国の海でおぼれかけたとき海水をたくさん飲んだが、それとも甲乙つけがたい。とにかくここ数年で食べたもののなかで、ダントツのしょっぱさだった。

うちでは塩辛をよく買うが、どれもチルド状態でビニール容器にパックされている状態の商品だ。函館あたりのメーカーの製品で、桃屋のような全国大手ではない。長くても1週間以内で食べきってしまう。こうした塩辛は、ごはんにかけて食べるものなので多少のしょっぱさはあるが、塩辛いというほどではない。

しかし考えてみれば、これは「塩辛」だ。名は体を表すものであるとすれば、桃屋のほうが本来の塩辛に近い。だいたい、イカの肉を内臓、塩とともに漬けこんで発酵させた塩辛は、日にちがたてばどんどん発酵が進み、やがて食べられない状態まで腐敗してしまうだろう。いまは冷蔵したままで輸送するシステムが整ったから、名ばかり塩辛が増え、私はそれに慣れてしまったが、海から離れた場所に住む人が海産物を食べるには、あるいは水揚げからしばらく期間を置いて海産物を食べるには、干すか、燻製にするか、塩漬けにするかしか方法がなかったのだろう。

後日、母にこの件を話すと、「お茶漬けにすればいい」と言われた。幼いころの記憶に従って、冷飯に残りの桃屋の塩辛を全部のせ、お湯を注ぎ、かき混ぜてからいったんお湯だけを捨て、再び新しいお湯を加えた。塩分はかなり薄まり、半分熱が通った状態となる塩辛の歯ごたえも心地よい。

とはいえ、この塩辛にするためにもう一度桃屋の塩辛を買うかといえば、そんな気にはならない。もっと薄味の、いまどきの塩辛で十分だ。誰がこの商品を購入してロングセラーを支えているのか知らないが、塩辛といえばこれしかないと信じ込んでいる高齢者がたくさんいるとすれば、三木のり平の罪は重い。

 

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