火葬

昨日の今頃、犬を連れて散歩に行った。まだ太陽は出ていない。この季節としてはかなり冷え込んでいたが、私が厚着して「行くか」と聞いたら、犬はなんとか立ち上がり、比較的しっかりした足取りで外に踏み出した。数十メートル行った場所で、あまり状態のよくない便をした。それからさらに、この12年間、頻繁に訪れていた公園に向かって進もうとしたが、とても帰ってこれそうな足取りではなかったので、私が家に向けて軽く引っ張った。案の定、家の前に達するころにはふらついていた。

犬の胸がある日膨らみだし、獣医師に腫瘍だと言われたのは今年の初め。その前から足腰が老化で弱くなっており、十年以上住んだアパートの2階では危なっかしいということで、私たち夫婦が中古住宅を購入したばかりのタイミングだった。手術せずに様子を見るつもりだったのだが、家のリフォームを終えて3月初めに入居した直後、クルマに乗り込む瞬間に転んで腫瘍が破れて出血し、慌てて手術することになった。犬のためにローンも含めて1000万円以上負担して家を買ったのに、わずか数日で無駄になる事態も想定したが、手術は成功し、犬は手術前とほぼ同じ状態で戻ってきた。

しかし、獣医師には「すべてを取れたわけではない。あと半年で再発するかもしれないし、もって1年ではないか」も言われた。腫瘍ができる前から心臓が弱り呼吸が荒くなっており、数年前から股関節にも不安を抱えていたので、それほど長くはないと覚悟はしていた。大型犬の中では小さめというサイズを考えれば、一昔前なら10〜12年くらいが寿命で、犬が長寿化したいまでも、この秋で14歳(もともとは野良犬だったのを保護したので年齢は推定)を迎えたうちの犬は十分に高齢だった。

見た目にも腫瘍が以前と同じ場所で再び膨らみだしたのがわかったのはこの秋だったろうか。食欲も落ちてきた。それでも「散歩欲」だけは旺盛で、早朝にはいつも決まったコースを1キロ以上歩いた(いま改めてグーグルマップで距離を測定したら1.7キロあった)。3週間前に目立って体が弱り、何も食べなくなり、水も飲んだあとで吐くようになった。獣医師に相談すると、「いままで食べさせたかったものも含めて、なんでもあげてください」と言われた。ケンタッキーを与えると、2〜3回食べたが、すぐに興味を示さなくなった。ペット商品の専門店や大きめのドラッグストアに行くと、ペットの高齢化を象徴するかのように、いろいろな高齢犬向けの食品が並んでいた。その一部は2〜3回食べてくれたが、いずれもすぐに食べなくなった。まったく口をつけないものもあった。

2〜3日おきに動物病院に連れて行き、注射してもらうと、そのたびに元気と食欲をやや回復したものの、しだいにその効き目も薄れてきた。1週間前、最後に受診すると「年は越せないでしょう」と言われた。声を出したり、なにかをねだったりする様子はなかったが辛そうではあったので、ほっとした部分もあった。

それでも最後まで散歩はした。長距離はさすがに無理になったが、私が住んでいるブロックをぐるりと回る400メートルは歩き続けた。これは犬にとり気の毒なことだが、犬は一日の大半を家の中で退屈しながらすごし、惰眠をむさぼる以外の選択肢を与えられていなかった。例外が朝晩の散歩と週末の外出であり、命の残りが少なくなったのに散歩するのではなく、だからこそ懸命に散歩しているようにも思えた。

おとといは妻が休みで、散歩に連れて行った。犬は公園まで行き、さらに積もる雪を踏みしめて公園の奥の方まで行こうとした。それは到底無理な話で、また妻は動けなくなった犬を抱きかかえることもできないので、なだめながら戻ってきたという。

そして昨日の未明、わずかではあるが散歩をした。そのまま居間で腹ばいになり眠り始めた。私も寝た。仕事が前日までで大きな山を超えたこともあり、また何か予感があったのか、私は会社を休むことにした。妻が犬を撫でながら「もう反応がない」と言い始めた。私は「いや、そんなことはないよ。辛そうでもでも散歩に行くかと聞いたら立ち上がるはず」と言い、コートや帽子、手袋を身につけたうえで、犬の背中にリードをつないだが、まったく反応がなかった。散歩に行こうとしないのは、飼ってからの13年半でこれが初めてだった。

数時間前に散歩したばかりであり、獣医師には「歩けなくなったら早いですよ」と言われていたものの、さすがに散歩したその日に死ぬことはないだろうと思い、土日を含めたこの3日間のうちに逝ってくれるのがタイミングとしては理想的かなと思いながら、犬の耳の後ろや額を撫でていた。呼吸のたびにあごが少し動くなど、ちょっと息遣いが荒いようにも感じた。獣医師には、臨終前に激しく痙攣する可能性があり、そのために座薬も渡されていたのだが、私は妻に「もう十分がんばったので、座薬は使わない。このまま送ってあげよう」と言った。幸い、痙攣の兆候はなかった。

気が付くと、息をしていなかった。鼓動のたびに揺れるはずの耳先がまったく動いていなかった。隣室の妻を呼んだ。鼻先に私の指を持って行ったが、やはり息をしていなかった。時計を見たら11時30分だった。二人で少し泣いて、撫でながらありがとうと声をかけた。すぐに2階に行き、犬の火葬業者に電話をし、夕方4時に来るよう頼んだ。週末ごとに犬を預けていた実家にも報告した。電話の向こうで年老いた私の両親が泣いていた。

寝ているような様子の犬のシモの処理をした。火葬業者に指示された通り、氷水を入れた袋を顔と腹の左右に当てて冷やした。妻はどうしても外せない用事があり、外出した。窓を開けて、犬が横たわっている居間に冷たい外気を取り込んだ。

妻が戻ってきてしばらくすると、ハイエースに乗った業者が来た。人間の葬儀業者としても立派に働けそうな雰囲気で、いろいろと説明してくれた。手足はすでに硬直していたが、私が犬を抱きかかえると、まだ胴体は柔らかく、ぬくもりもあった。ハイエース内の炉室から引き出された床の上に置くと、まさに寝ているようだった。また妻と、ありがとうと声をかけて、手袋を外して最後に頭を撫でた。業者の人が床を炉の中に押し戻し、扉を閉めた。

私たち夫婦は家の中で待ち、業者の人は運転席の中で待機しながら、しばしば炉の小窓から中を確認して火加減を調整していた。途中、私はコンビニにお茶とコーヒー、紅茶を買いに行き、業者の人に勧めた。業者の人はお茶を選んだ。焼き終わるのを待ちながら、私も「死ぬときは最後まで歩き、できるだけ自分でトイレに行き、眠るように死にたい」などと妻に話した。私に物心が付く前に祖父は死に、祖母の臨終のさいには遠いところにいたために葬儀に出なかった。両親は健在であり、これまで近い家族の死に直面した経験がないため、犬の死を通して初めて、自分の死の理想的な姿についても深く考えた。

約3時間して業者の人が呼びに来た。外気温はおそらくマイナス10度以下だったために、冷めるのは早かった。業者の人が、人間の火葬場と同じように、「ここが背骨」「ここが肩甲骨」などと部位について説明してくれた。私の印象のなかでは、我が家の犬は大柄だったのだが、焼けてしまうとニワトリ2匹分くらいのボリュームで、妻は「ほとんど毛だったのよ」と言った。大きめの骨壷に私と妻でひとつひとつ骨を箸でつまんで入れ、最後にのどぼとけの骨を入れた。一部の骨は犬の生まれ故郷で埋葬するために、小さな茶葉用の缶に入れた。業者の人はハケとちりとりのようなもので丁寧に小さな骨も集めて、骨壷に入れてくれた。尖った爪もあった。

火葬には消費税も含めて4万円弱がかかった。当日の対応で、また態度が非常に良かったので、高いという気はしなかった。この人が途中で説明した「お寺での供養」「額入り写真」に私達がまったく興味を持たなかったのが、逆に申し訳なかった。

犬の骨壷は、金ピカの立派な袋に入って、いまテレビの横においてある。春になって雪が溶けたら庭先に深い穴を掘り、埋葬するつもりでいる。そのために庭付きの家を買ったのだと考えれば、無駄な買い物ではない。

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