東京

高校2年のとき、家出したことがある。別に両親や家庭に対して不満があったわけではないのだが、高校生活がどうにもこうにも行き詰まり、前日に家の金庫を開けて数万円を拝借。父が海外旅行に使っていた大きなスーツケースに衣類、本、旅慣れていないものだからパタパタ式のデジタル目覚まし時計まで詰めて、朝5時に私の部屋の窓を開けて静かに外に出た。3㌔離れたところにある駅で青春18きっぷを買い、鈍行列車を乗り継いで東京まで行った。

その少し前に読んだ井上ひさしの小説「吉里吉里人」に、主人公が住み込みで働く場面があった。私は漠然と、何のツテも資格もない若者を東京の食堂が住み込みで雇ってくれるのだと信じこんだ。もちろん、現実の東京はそんなに甘いところではなかった。私は数日後に、やはり鈍行列車で北海道まで戻ってきた。

あの時、私が必死になって東京の下町で働き口を探し、中華料理屋あたりで住み込みで働き始めていたら、もしくは港湾施設にでも入り込んでいたら、そういう世界で生きている人には悪いけれど、一生浮かび上がることはできなかったと思う。「苦役列車」から、小説家になるという要素を差し引いた人生だったかもしれない。

非行とは無縁の私の失踪に両親はずいぶん心配しただろうが、帰った私に父は、「次、こういうことをするなら前もって知らせるんだぞ」と、多少不機嫌な表情で言っただけだった。後日、母が私に教えてくれたのだが、父は心配して、学校に行き私の担任に相談した。担任は、なにか考えがあっての家出だろうし、頭から叱ってはひねくれた性格を一段とこじらせてしまうかもしれないから、あまり強く言わないほうがいいと父にアドバイスしたらしい。

私がどこかで自殺する気なのではないかと心配した父親に、担任はこう質問した。

「息子さんの部屋は、片付いていますか?」

「いえ、いつも通り散らかったままです」

母によれば、担任は「では大丈夫です」と太鼓判を押したという。自殺するなら、家を出る前に自分の部屋をきれいに片付けるはずだと、担任は確信していた。

しかし、部屋をちらかしたままで死ぬタイプの人間もいる。私がそうだ。

同窓会の案内状はその担任にも送られた。三十年ぶりに再会できたら、N先生にははっきりと言いたい。

「私はあの時、自殺しようなんて全然考えてなかったし、いまもその気はないですけれど、もしその気になったとしても、部屋や机の上を片付けようなんて全然思いませんよ」

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