黒人

これといった目的もないまま、週末の午後、札幌市内を歩いていたら、ライブハウスの壁にジャズライブのポスターが貼ってあった。中央には黒人のトロンボーン奏者。この人はアメリカのビッグバンドのメンバーで、今回は来日して日本人のビッグバンドと共演するということらしい。開演時間は16時半。周囲を少し散歩してから戻ってくればちょうどいい時間ではある。

「どうする?」と嫁が私に尋ねた。この質問には、「ライブハウスに入る気があるのかどうか」という意味とともに「お前にはその度胸があるのかどうか」という意味が含まれている。

仕事を除けば、ライブハウスに行ったことは一度もない。私は柔道や空手、剣道の道場の敷居を跨いだこともない。私にとってライブハウスに足を踏み入れるのは、道場破りと同じくらいのレアな行為で、同じくらい度胸がいる行為なのだ。

しかもジャズ。歌謡曲でも、ロックでも、J-POPでもなく、ジャズ。私のイメージの中では、通、または通を気取る客が、たばこをくゆらせ、(違いはわからないが)ウイスキーやバーボンのグラスを傾けながら、身体でリズムを取りながら聞くのがライブハウスで演奏されるジャズだ。素人の私たち夫婦は身体の揺らせ方がぎこちないために、周囲に「こいつら素人だぞ」「いい度胸してやがる」というささやきが広がっていくに違いないのだ。

それでも、妻の問いに「入らない」と答える選択肢はなかった。1年か2年前のことだと思うが、同様に札幌のジャズのライブハウスに入るかどうか問われて、私が帰ろうと言ってから3週間ほど、妻の機嫌がすこぶる悪かったからだ。

あたりをしばらく散歩してから、開演の20分ほど前、地下につながる階段を降りてライブハウスに入った。それほど大きくない会場の奥のほうで、約10人の奏者が、黒人のトロンボーン奏者を中心にリハーサルをしていた。私には、「ほう、これが谷啓の吹いていた楽器か」程度の認識しかない。

ところが、状況が私の想像していたジャズのライブとは大きく異なっていた。まず、客の年齢層が高い。夫婦と思われる男女の比率が高い。身なりもきちんとしている。私が予測していた退廃的なものが何もない。「ジャズっぽいもの」が何なのか定義はできないが、明らかにジャズっぽくないのだ。どちらかといえば、ベテラン教師の研修会のあとの懇親会が始まる直前といった雰囲気だった。

そして、バンドのメンバーの中に、この人は大学生か、大学卒業直後なのではないかと思われる人が何人かいた。ということは、客のうちかなりの比率は、バンドのメンバーの親御さんなのではないか。私が恐れていたディープで排他的なジャズライブではなく、お子さま音楽教室発表会の上級者版なのではないか。

客が席につくやいなや、周囲の人とあいさつや談笑を交わしていることも、この集団の一体感を高めていた。私たちは、当初予想したのとは違う方向で、完全に場違いな空間に迷い込んでしまったのかもしれない。ライブ終了後に同じ会場ですぐに謝恩会が始まり、私が「家族代表の挨拶」をするよう指名がかかったらどうしようと不安になり、

「うちのケン坊がお世話になっております。楽器屋の店先で見つけた小さなトランペットを買ってくれとせがんだのが20年前。三日坊主で終わるかと思ったのに、これまで本人なりに懸命に練習してきたようです。先生にご指導いただいたおかげで、今日は立派な演奏をバンドメンバーのみなさんと共に聞かせてくれるはずだと、家内とともに今日が来るのを楽しみにしていました。ケン坊、本当に素晴らしかったよ(涙ぐむ)」

みたいなあいさつをでっち上げずにはいられなかった。

そうこうしているうちにライブが始まった。門外漢の私たちにとっても、3000円×2人分の価値は十分にある充実した内容だった。出演者と客の関係とか、バンドの基本的な性格とかはわからないままだが、機会があればまた聞きにきたいと思った。ただ、黒人のトロンボーン奏者の人が、トロンボーンを傍らに置いてほら貝での演奏を始めたとき、北海道名物のホタテの貝殻をカプカプさせながら乱入するだけの音楽的素養が私にないことが残念に思えた。

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