禁句

ここで以前書いたことだが、9ヵ月ほど前に同い年の友人がお見合いした。その後縁談は猛スピードで進み、出会いから2ヶ月後には入籍、7月にはホテルの大きな部屋を会場に披露宴が行われた。

お見合いの会場に向かう途中、その段階では結婚に至るのかまったくわからない状態だったが、私は冗談で「そうか。友人代表の挨拶は俺なんだな」と言った。友人が「そうだな」と言ったので、結婚式の日程を告げられたら瞬間、私の脳内冷蔵庫に「スピーチ考えること!」という付箋が貼られた。

ただ、そういう付箋が実際の作業を促進することはほとんどなく、むしろブレーキになる。スピーチの内容が大まかにまとまったのは披露宴の1週間ほど前だっただろうか。それから暗記用の原稿に書き起こした。その時点でいわゆる忌み言葉などまったく気にしていなかったのだが、披露宴の前々日に心配になった。さすがにスピーチで「離婚」や「万引き」といった言葉は使わないけれど、たしか忌み言葉には日常生活で何気なく使う語句も含まれていたはずで、スピーチで知らず知らず忌み言葉を口にしてしまった私が「無知」と陰口を叩かれるのは一向に構わないが、おそらくは新郎新婦にとり一生に一度となるはずの披露宴のじゃまをしてもいけないと思い、念のためグーグルで「結婚式 スピーチ 忌み言葉」で検索してみた。

「この時代、忌み言葉など気にすることはありません。真心を伝えるだけで感動的なスピーチになります」と解説するページがある一方で「忌み言葉を知らずにスピーチするととんでもない恥をかくことになります」と脅迫するページもあった。後者を読んでみると「重ね重ね」「返す返すも」といった言葉もNGとのこと。原稿には書いてなかったが、何の気なしに使ってしまうかもしれず、注意しなければならないと思った。

ところが、もともとスピーチに慣れていない私にとり、新たな制限事項は大きな負担となった。「重ね重ね」「返す返すも」といった言葉を人前で使った記憶はないのだが、披露宴という改まった席で壇上に立てば無意識のうちに口から飛び出してしまうかもしれないという意識が作用してか、明日は本番というのに口調がさらにたどたどしくなった。

そして披露宴当日。会場のホテルに向かうと、この数年は友人よりも深いつきあいになっていた友人の弟、新郎新婦の父、友人の勤務先の社長などに会った。「あいさつよろしくおねがいしますよ」と言われると、「いやあ、実は昨日インターネットで忌み言葉について調べたら…」と、いま考えてみると非常に見苦しい言い訳をあらかじめせずにはいられなかった。

披露宴が始まった。プログラムによれば、私のスピーチは新郎の父親の取引先、新婦の父親の業界関係者、そして私の順番。新郎の父親の取引先は私よりも若い人で、業界にとっては非常に重要ではあるが、それ以外の人にはなんのことだかよくわからない情報を簡潔に話した。

2番目の人は、新婦の父親の業界では有名人らしいのだが、新婦のこともよく知っており、この人と酒を飲みながら私の友人と面接して「OK」を出したことが、結婚の大きな決め手になったらしいとも聞いている。その人は、新婦を実の父と同様の立場で心配しているからこそなのか、披露宴に似つかわしくない厳しい表情と口調でスピーチした。

「お二人にはぜひ子作りして、立派に育てていただきたい。いま、日本の教育は大変なことになっているんです。みなさんご存知ですか? スーパーマーケットやコンビニのなかにはね、いま、万引き犯を見つけても声をかけるなと指導しているところがあるんです。下手な対応で万引き犯が逆切れして、刃物を振り回すかもしれないからなんですよ。○○君、○○さん、日本のためにも子どもはしっかりと育ててくださいね」

私が参照した忌み言葉についてのページに、「万引き犯」「刃物を振り回す」についての言及があったかどうかは覚えていないが、会場の異常な空気に気が付いたのか、その人は駆け足でスピーチを終えようとした。終えようとして、また自分のかねてからの懸念を口に出したくなったのだろう。

「結婚したからには、いたわり合っていつまでも幸せな家庭を築いてください。いいですかみなさん、いま、結婚したカップルの3分の1は離婚するんですよ!」

私は席の配置の関係で、そのスピーチをしていた人には背中を向けていたのだが、思わずステージに視線を向けてしまった。同じようにした人が会場に多かったのだと思う。その人はいたたまれなくなったのか、強引にスピーチを終えてステージから降りた。

忌み言葉のジャングルの真ん中を強引に走り抜けるようなその人のスピーチのおかげで、私は順番が近づいていることを一時的に忘れた。おかげで指名されたあともそれほど緊張することもなく、かといって大きな感動や爆笑を引き起こすこともなく、自分に与えられた役目を果たすことができた。もっとも、「なんなんださっきの人のスピーチは」という驚きの空気が会場にまだ漂っていて、新郎新婦を含め、誰も私の話など聞いていないようにも思えた。

話は結婚式の数日前に遡るが、あるスナックを訪れた私は、そこのマスターに生まれて初めて結婚式でスピーチを任されたと話した。マスターが言うには、

「ウケ狙いだけはやめろ。俺も、俺の友人も、結婚式で人を笑わせようと思って成功したことがない。ああいうのはプロがやること。緊張しながら人を笑わせるなんて無理無理」

その翌日だったと思うが、ラジオをつけたらパーソナリティーが「よく結婚式でスピーチで笑いをとろうとしてる人がいますが、100%すべりますよね。なんであんなことするんだろう」と半ば憤った口調で語っていた。

これで、私のスピーチ戦略は「基本マジメ、可能であればクスリくらいの笑いもとる。すべっても『あれは別に笑いを取りたかったんじゃない』と言い訳できるような微妙な笑い」と決まり、事実そのような内容で話した。会場に広がった笑いがクスリと呼ぶに値するかどうかはまた別の論議になるが。

相談した相手のなかで、一人だけ別のスピーチ戦略を提唱したのが、別のスナックのママだった。

「私は店の女の子が結婚するときとか、スピーチを任されることも多いけど、絶対笑い取りに行くよ。2か月くらい前から内容考えて、暗記するのはもちろんだけど、実際に話してみて、それをビデオで撮って確認して、微妙なところも調整して、当日を迎えるのよ」

ママのスピーチは例外なくバカ受けし、披露宴のあとでほかの参列者から褒められることも多いという。

「披露宴のあとで、ぜんぜん知らないおばあちゃんに『私もこれまでにたくさんこういう場に出てきたけど、あなたほど見事なスピーチする人には会ったことがない』と褒められたのよ。で、よく見てみるとその人が三浦綾子さんだった」

話術で、いや話術だけで店を繁盛させているママだからこそ、有名作家も驚くようなスピーチができたのであって、この体験談は私に安全運転を決意させる理由のひとつとなった、ということを、先日の氷点に関するエントリーの翌日、三浦綾子の夫が亡くなったとの新聞記事を読んで思い出した。

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