薄野

Aさんは父の友人で、いま経済的に困窮している。30年前からの仲良し4人組の中でAさんだけが参加費を負担できないため、数年来続けていた食事会も途絶えてしまった。

先日、父が披露するAさんの思い出話のなかから、私がそれまで知らなかったAさんの一面を知った。

「とにかく風俗が大好きで、一緒に札幌まで出かけた時は、ススキノのことが頭から離れない様子だった。別の人を交えて3人で話している時、Aだけが突然中座しようとしたのでワケを尋ねると、『割引タイムがもうすぐ終わるからに決まってるじゃないか』と平然と答えた」

それからしばらくして、Aさんはレジャー中の事故のために体に障害が残り、それまでのようには働けなくなり、経済的には苦労を強いられている。私が子どものころから面識があるAさんの、風俗通いという新たな一面を知ったとき私がまず思ったのは、風俗に払った金を半分でも貯金していたら、Aさんの老後は今とはかなり違っていたはずだ、ということだった。

父が言うほどにAさんが頻繁に風俗に通っていたとしたら、またそれが長い期間に渡って続いた行動だとしたら、数百万単位で金を費やした計算になる。倹約家と正反対の位置にいるAさんが、いまになって「もしも風俗に費やした金の一部を貯金していたら」と後悔しているとは思えないけれど、私は考えずにはいられない。

事故は想定外の出来事であり、Aさんの落ち度とは言えないが、長生きするリスク、しかも、一定年齢を過ぎて勤労所得を絶たれたあとでも数十年間も生きるリスクは想定しておくべきだったのではないか。

とはいえ、Aさんみたいな人がどんどん散財して世間のお金の流れを加速してくれたから、景気が良くなり、回ったお金の一部が父の給料として我が家にもたらされ、私は大学に行かせてもらえたのかもしれないと思う。

Aさんに「高度経済成長に貢献してくれてありがとう。つまらないものですが」と札束を渡すほどの資産は私にはないので、せめてAさんが苦しい日々の中でもススキノでの血湧き肉躍る体験を思い出して目尻を垂らしてくれればいいと思う。私はそういう体験をしたことがないし、長生きするリスクを考えてつつましい生活をしているが、Aさんは私の暮らしぶりに同情するのかもしれない。

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