制止

お見合いを初めて体験した。私が結婚したいのではない。長年の友人と、ある女性が一緒に食事をする場に同席したのである。双方の両親も同席するような正式な見合いではなく、事前に写真や釣書を交換したわけでもないが、結婚につながる可能性がある初めての出会いと両方が認識している以上、「見合い」と言っていいのではないかと思う。

友人は40代後半、女性は40代前半。女性の父親の友人である女社長も同席し(むしろこの人が「仲介人」)、4人で和食の店で待ち合わせした。かねてから取引している女社長に軽い気持ちで「ぼくの友人にこういう未婚のがいるんですが、いい結婚相手はいませんかね?」と尋ねたのが1ヵ月ほど前。詳しいプロフィールを話した段階で先方の両親に断られると思っていたのだが、意外なことにトントン拍子にこの席を設けることが決まった。

実は、私の友人は失業状態にある。このまちにはちょっといない高学歴の持ち主で、東京でそれなりのキャリアを築いてきたのだが、彼の業界が不況の荒波をもろにかぶり、また生きるのが不器用だったことから、この1年間はとくに仕事らしい仕事をしていない。私の仲介で、別の取引先から面接のチャンスをもらったのが見合いの5日前。私としては仕事が決まってから見合いという順番を踏みたかったのだが、面接でNGが出る可能性もあり、それよりは未確定な状態で合ったほうがいいという思いもあった。

もちろん、相手にそのような重要な情報を隠すわけにはいかないから、女社長を通じて大まかなプロフィールは伝えてあった。

約束の時間に相手の女性は5分ほど遅れてやってきた。拍子抜けするほど、普通に素敵な人だった。その人の父親は強烈な個性で知られている人で、娘も同様に個性的であり、それがいままで結婚相手が見つからない理由なのではないかと信じこみ、無意識のうちにニッチェ江上を想像していたのだが、良い方向に裏切られた。私と女社長は下戸であるため、主役2人が地酒を酌み交わしながらのにぎやかな席となった。

私が仕事のことやお父さんとの関係のことを少し尋ね、女性がそれに長々と答える展開となった。といっても退屈ではなく、話術があり、ユニークなエピソードが豊富なので、私の友人も女社長も楽しそうだった。その女性は頭が良くて、自立していて、出された料理に強い関心を持つなど家庭的な面を持っていることもわかった。

ただ、友人がいま仕事を探している状態であることを話すと「そうなんですか」、学歴のことを話すと「へぇー」と驚いた様子だった。女社長から父親に、父親からその女性に、友人の大まかな情報が伝わっていなかったらしい。その後、話題が移ったために友人の職業が焦点になることはなかったが、私は相手を騙してしまったような気がして、心配になった。

しばらくしてから「いやあ、今日は本当に忙しいなかありがとうございます。こいつ(友人)に来てくれただけでもありがたいです」と私が言うと、女性ははっきりと「いえいえ。こんなこと言ったら怒られるけど、父との関係もあるし、いい方を紹介してもらえるってわかってましたから」と答えた。

決してトゲのある口調ではなかったのだが、実際、地域社会のいろんな田舎社会のしがらみを考えると、いい加減な相手を紹介して先方の家族の信頼を裏切るわけにはいかない。ひょっとして、彼女は「失業中の男と見合いなんかさせやがって」と怒っていて、「いい方」は皮肉なのかもと思い、私は事態がこじれる前にはっきりさせておいたほうが良いと思った。

「あの、ひょっとするとお父様から状況が伝わっていなかったかもしれないので、しつこいようですが私から念のためもう一度」

「は?」と女性。

「こいつは誠実だし、能力もあるんですが、運に恵まれず、いま仕事を……」

早口で事情を説明しようとする私をさえぎるように、女性が私に挑戦的な目を向けた。

「なんの話ですか?」

「ですから、いま仕事を……」

「さっきの、仕事をいま探しているって話ですよね?」

「はい」

「そんなことどうでもいい話じゃないですか。問題は生きる力があるかどうか。いま仕事しているか、職探ししているかなんて、私ぜんぜん気にしてないですから」

普通の状況なら、失礼な口調に響くのかもしれないが、友人のことを考えれば、これほどラッキーな展開もなかった。一般的には最初に見合いの相手につきつけられ、友人の場合には口ごもるしかない「いまどんな仕事をしてますか」という問いが、当面は棚上げされることになったのだから。

それにしても、いま思い出してみてもこのときの女性の言い方は見事だった。私の友人が女だったら確実に惚れ込んだと思われるような男らしさだった。

私の友人は極めて頭がいいのだが、かといって自分の表現をうまく周囲に伝えられるタイプでもない。わかりやすく言えば、「頭はいいんだけど」派である。このため友人と女性との会話はあまり成り立っていなかったが、女性のほうは友人にそこそこ関心を抱いてくれたように見えた。

友人を聞き役に残り3人で話が盛り上がり、気が付くと11時を過ぎていた。その店を出て解散した。主役の2人はタクシーに同乗して帰ったらしい。日曜日には2人でデートしたと聞いている。

友人に、女性についてどう思ったのかは聞いていない。友人の生活の状況を考えれば、そして彼に人生を少しでも良い方向に転回させたいという気があるのなら、ノーと言う権利はまったくない。女性が私の友人を評価してくれているかどうか、それはわからない。私が望みを託しているのは、地方都市で厳しい仕事に取り組んでいる彼女の周囲に、これまで私の友人のような極めて頭脳明晰で、それでいていつもニコニコ笑っているようなタイプが存在しなかったであろうという点だ。

以前書いたことがあるが、私が生まれる前には死んでいた曾祖母は、縁結びの達人としてかなりの組数の男女を紹介して夫婦にした実績があったらしい。曾祖母にはかなわないが、もしも今回引きあわせた2人が結婚するようなことがあれば、私にとっても…

いや、それは2人から報告があるまで書かないことにしよう。

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