所得

 お祭りに行った。他の世代がどう思うのかは知らないが、私の世代、少なくとも私の周囲では、「お祭りに行く」とは神社や寺ではなく、露店の並ぶ公園に行くことを意味している。昨日の夜、数年ぶりに行ってみた。午後には雨が降り、夏というにはやや肌寒かったのだが、夜になると雨は上がり、かなりの人出だった。不況と少子化で活気が失われているこのまちでは、混雑という現象自体に魅力がある。

 ホットドッグ、スマートボール、お好み焼き、型抜き、金魚すくいに取って代わったスーパーボールすくい、などの露店が向き合うその間を、人の流れに押されるように進むと、いつもはだだっ広いだけの公園のグラウンドのほぼ中央に、いくつかテントが立っていた。左側はお化け屋敷、右側はバイクのサーカス。お化け屋敷には、小学生のときにも「つまらない」との理由で入らなかったのだが、正直言えば完全にビビっていた。いまも「つまらない」と言うが、本当の理由は「お金がもったいない」だ。

バイクのサーカスのテントには、1人700円を払って入った。同じ神社の祭、同じ会場で、小学校の高学年くらいのときに見た覚えがある。テント(キャンプで使うようなものではなく、真ん中に柱を立てるサーカス風のあれ)の中には、目測で直径十数メートル、高さ7~8メートルの巨大な木樽が組まれていた。側面の壁はウィスキーの樽のように湾曲しているわけではなく、垂直にそびえていた。木の板でできた坂道を登って、私たちは樽の底を見下ろすような場所に出た。私の腹くらいの高さに、樽の縁があった。

それからが長かった。呼び込みは拡声器で「いよいよ始まりますよ。見ないと一生の損」と叫び、続いてテントの入り口の横でバイクのエンジンがふかされるのだが、しばらくするとまた呼び込みが始まり、一向にバイクが樽の中に入ってくる様子がない。それでも呼び込みに促されて次々と客が入ってきて、これも感覚的な話だが、百数十人の客が樽の縁を360度囲んだ。

樽の底は、見慣れた砂地のグラウンドだった。中央には柱があり、安全と商売繁盛の両方を祈っているのか、足元の台にはスルメ、お酒、塩が置かれていた。やがて樽の壁の一角に設けられたドアから、バイクにまたがった長髪の男と、それよりも若い眼鏡の男が入ってきた。若いほうは助手らしい。

それまではもったいぶっていたのに、樽の中に入った長髪の男は、助手がドアを閉めるとすぐにぐるぐると樽の中を時計と反対の方向に回り始めた。バイクはヤマハのSR400(か500)。記憶と同様、バイクがこちらに寄ってくるたびに樽が揺れた。垂直の壁と水平の地面をつなぐ斜めの板を横切って、バイクはすぐに遠心力で垂直の壁に吸い付いた。

ぐるぐるまわる。樽の縁でカメラをかまえている人に向かってポーズを取る。助手から渡された小さな布で目隠しをする。ハンドルから放した両手を広げる……。恒例と思われる曲乗りが一段落したころ、一人の客が千円札を折って二本の指の間にはさみ、中央の柱に向かって手を伸ばした。

いったん樽のやや低い所に下がっていた男は、それを目で確認すると、ハンドルを切って樽の縁に向かって上っていき、右手で器用に札をつかみとり、また下がっていった。大歓声が上がった。最初に千円札を出した人は、ひょっとしたらサクラなのかもしれないが、バイクの騒音と大歓声でテントの中に生じた異様な雰囲気に呑まれたのか、そのあとは次々と本物の客がまねをした。口に千円札をくわえて首を伸ばした客もいた。バイクの男はほとんどの千円札をつかみとった。一部、ひらひらと落ちていくものもあった。

その後、樽の縁ぎりぎりのところまで寄ってくる芸や、シートに斜めに腰掛けながら走る芸などを見せ、バイクは地面に降りた。バイクの男は大歓声を浴びて樽の外に出た。

考えてみれば、仕事とは何なのかをこれほど端的に現した稼業もない。生きる目的とか自己実現とか、きれいごとを別にすれば、仕事の目標は収入を得ることだ。そして仕事には苦痛や危険が伴う。バイクの男は樽の底をぐるぐると回りながら現金を見つける。危険を顧みずに樽の縁に向かって上がっていく。つかみ取れば現金は男のもの(どれくらいが男の取り分なのかはわからないが)。失敗して現金が手にはいらないならまだいい。たとえば曲芸の途中でエンジンが故障すれば、男はバイクとともに樽の底にたたきつけられ、大怪我は免れないであろう。勢いがあまって樽の外に飛び出せば観客は大怪我するか命を失い、男も無事ではいられない。

小学生の私がその後30年以上にわたって覚えていたのは、樽がバイクの重みで揺れたことだった。このまま樽が壊れてしまうかもしれないという恐怖が、記憶を鮮烈なものにしたのだろう。昔も現金をつかむ芸があったのかどうかは、よく覚えていない。

今から30年後、老人になった私の脳裏にも鮮明に残っているのは、おそらく振動でも、騒音でも、札をつかみとるまでの一連の動きでもない。私の記憶には、騒音と歓声の中、その男が首を斜め上に向けてお金を見つけた瞬間の冷静な眼が、深く刻まれた。

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