歯茎

 もしも過去の自分に手紙を出すことができたら、何を伝えるべきか。

 遡れるのが1年くらい前なら簡単な話だ。どの株が値上がりするのか、円相場がどちらに動くのか、競馬でどの馬が勝つのか。私は株式投資もFXもギャンブルもしないが、1年後の私から勧められれば、1年前の私も動かないわけにはいかない。

 難しいのは、相手がもっと若い私の場合だ。私は強運の持ち主ではないけれど、それほど運が悪かったわけでもない。三角形に例えれば頂点でもなければ底辺でもなく、中腹くらい。未来からもらった情報で過去の私が得るものもあるけれど、失うものもあるはず。たとえば「いつか○○という会社が上場するから、全貯金をつぎ込んで買っておけ。○年○月に全部売れ」と言えば、私は大金持ちにはなれるだろうが、資産家としての人生を歩むことになり、今の嫁とは出会わず、子どもが生まれたとしても今の娘ではなく、おそらくいまの飼い犬には会えない。これは、かなりリスキーな選択ではないかと思う。

 役立つ情報だけがリスキーなのではない。たとえば「もっと努力して真面目に生きなさい」という説教じみた情報でも、素直に説教に従った私が立派になり違う人生を歩み、やはり家族と離れ離れになってしまうかもしれない。「人生なんて楽しんだもの勝ち。思い切り不まじめに生きろ」というアドバイスも、やはり有益なものとは思えない。

 とはいえ、過去の私に「いろいろ考えましたが、黙っていることにしました。その理由はいつかあなたにもわかるはずです」とだけ描いた手紙を出すのも、絶好のチャンスを逃すようでもったいない。いったい何を書くべきなのかという疑問を数年間抱き続けていたのだが、ようやく答えが出た。

 「前略。なんで爪楊枝なんて必要なんだろうと思うことが、よくあるよね。まだ幼い君は、歯に何かが挟まるなんてめったにないし、口の中をほじくるなんて見苦しいし、大人のやることは理解できないなって疑問に思ってるだろ? それはね、君みたいな子どもと、君が何十年か後になってしまう大人では、口の中が違うからなんだ。君は歯も歯茎もきれいだけれど、大人になるとね、徐々に歯茎が痩せていく。それまで歯茎に隠れていた歯と歯の隙間があらわになる。その隙間に、鶏肉やほうれん草やえのき茸やキャベツの千切りが挟まるんだ。舌先を動かして取れるものもあるんだけど、取れないときのイライラ感ったら、ものすごいんだよ。仕事にも会議にも電話にも集中できないくらい。爪楊枝があれば、歯と歯の間にあるものが取りやすくなる。そういうわけで、この世の中には爪楊枝ってものがあるんだよ。忘れないでくれよ」

 手紙を読み終えた私の中では、爪楊枝の存在理由に関する疑問が解けると同時に、「なぜこんな情報を?」という疑問が、何百倍も大きなはてなマークとともに浮かぶのであろうが、その答えは大きくなって歯茎が痩せてきた段階で、自分で探し求めてもらうしかない。

広告

歯茎」への2件のフィードバック

  1. 今、過去の自分に手紙を出すとしたら「やゆよさんは、ひょっこり更新してるから、あきらめずに継続してHPをチェックすること」を伝えたいと思います。

    ヒビケアFT軟膏の季節になり、やゆよさんのことを思い出したので寄らせていただきました。

    これから寒くなりますので、どうかご自愛くださいませ。

    • おくむらさん、大変失礼いたしました。コメントをいただいたのに気が付きませんでした。どこかにヒビケア風呂をウリにしている温泉はないかと探したくなるようなカカト状態ではございますが、今後ともよろしくお願いいたします。ホームページのほうは世間より10年くらい遅れてブログ化してますので、RSSリーダーとかなんとかお使いになればおまたせしなくてすむかなと思います(私も使い方は知りませんが)。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中