定理

 2年ほど前のことだったろうか。地デジ対応すべきかどうか迷っていると書いたことがある。言い訳はすまい。買った。死ぬまでテレビから逃れられないことが確定した。

 貧乏ひまなし。いろいろと忙しくて、番組表で予約した週2~3本の番組しか観れていないのだが、気まぐれで「ピカルの定理」というお笑い番組を予約録画して、今朝観た。渡辺直美という女お笑い芸人に、その出自のために関心があった。内容は面白いような面白くないような。「ゆとり世代」の特徴を自虐的に描いたコントでは声を出して笑ってしまったことが1~2回あった。

 番組内のコーナーの一つに、1990年代の流行を取り上げたものがあった。ジュリアナのセンスを持って女装したお笑い芸人が昔の流行語を言って、新人女子アナがちんぷんかんぷんであるのに対し、ベテラン女子アナが食いつくことで、世代間ギャップを描いていた。同じコーナーの中ではハライチの坊主頭の人が浜田省吾を歌っていた。

 あれっと思った。このお笑い番組は、20代に照準を合わせているのではなかったのか。ジュリアナにも浜田省吾にも敏感に反応するのは、40代、若くても30代以上のはずである。ジュリアナのオープンは1991年。いま25歳の人は1987年生まれだから6歳。「ジュリアナ」とはなんとなく記憶の中に音の響きが残っている言葉であっても、彼らが「懐かしい!」とヒザを叩くほどのものではない。浜田省吾もまたしかり。

 私が6歳のときの流行語といえば、「せまい日本そんなに急いでどこへ行く」。私が25歳のときに、この言葉が使われるコントにどれだけ反応できたかといえば、かなり疑問である。この番組は、私のような40代の視線に合わせているのかもしれない。だとすれば「ゆとり世代」コントは自虐ではなく、40代から20代を見下したコントということになる。

 私以外にも40代の人の多くが感じていると思うのだが、テレビでもラジオでも、40代をターゲットにした番組が多すぎるのではないだろうか。統計を取ったわけではないけれど、40代が「懐かしい」「あったあった」と食い付く内容が、ほかの世代向けの内容より突出して多いような気がするのだ。タモリ、タケシ、さんまをはじめ、私たちが幼いころから観ていたタレントがいまも多く活躍しているのも、そのせいなのではないか。

 たとえば、私たちが子どものころに何度も聞いていた曲が「もう一度聞きたいアニメ主題歌ランキング(オリジナルを歌ったあの人も登場!)」と取り上げられれば、最初こそ興味を持ったけれど、何度もそればかり繰り返されるとうんざりする。40代狙いでテレビ番組が量産されているとすれば、最も不幸なのは、見たことのある画像や聞いたことのある音楽、笑ったことのあるネタを繰り返し提示される40代だ。

 私が一時的にせよテレビから離れていたのはそれが理由の一つなのだが、仮に20代の人も30代の人も同じことを感じているとすれば、私はこれを「テレビ自意識過剰」と名付けたい。

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定理」への2件のフィードバック

    • 久保田さん ありがとうございます。センスなんてとんでもない。他の方の面白くて美しくてためになる文章を読むたびに、自分のセンスのなさに身悶えする毎日です。

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