学連

 昼食のために中華料理屋、ラーメン屋、カレー屋などに行ったさい、普通なら読まないジャンルの雑誌を手に取ることがある。

 最も私の住む世界からかけ離れているのは、パチスロ攻略誌だった。乱数表のような数値をずらりと縦横に並べた表が出ているのだが、これを参考に遊べば投入額以上のお金が戻ってくるのだろう、と読者は期待してパチンコ屋に向かうのであろう。もしも数値に意味があるのなら、雑誌に掲載して広く知らせるよりも、情報を公開せず自ら利用したほうが儲かるはず。もっとも、同じことは競馬や株式の専門紙にも言え、パチスロ専門誌だけが悪質なわけではない。

 私が子どものころと変わっていないのは、学園暴力マンガの類いだ。ささいなことから、学校や学年を超えた対立の構図が生まれる。ケンカそのもののシーンはごくわずかで、そこに至るまでの友情や裏切りがダラダラと描かれている。こういう構図は学園はもちろんのこと、暴力団、会社だけでなく、ありとあらゆる組織に適用できるはずなので、そろそろ老人福祉施設内で繰り広げられる抗争を描くマンガが登場してもいい。

 私が中学校に通っていたのは、校内暴力がピークに達したころで、少し気の弱い教師は悪質な生徒にはまったくお手上げの状態だった。休み時間に教室でタバコを吸っている奴らもいた。まじめな生徒だった私は、いつか奴らに制裁が加えられるよう密かに願っていたが、あれから30年以上が経過したいまになって、1箱700円という鉄槌が下されるとは….。

 さて、たしか中学生のころだったと思うのだが、誰かからこんな話を聞いた。

「市内の複数の中学校の不良グループが連合して、『学連』という組織を作り、加盟していない中学校や、生意気な中学校を数の力で次々につぶしている」

 明らかにマンガの読みすぎだが、当時の私が注目したのは、「学連」が本当に存在するのかしないのかよりも、「学連」という組織がどのように運営されているのかだった。「連」は「連合」や「連盟」の略のはず。だとすれば、ある程度、体裁の整った組織体であり、「○○中学にこれから殴りこみじゃー」「おー」といったような行き当たりばったりの運営が許されるわけもない。

 ケンカをするにも、まず役員会に諮る必要があり、毎週決まった場所で開かれる役員会には、加盟各中学校の代表が、ドレスコード通りに改造された学生服を着用して集まり、「◯◯中は以前から反抗的な態度をとり続けているのは誠に遺憾であります。市内ゲームセンターでも当連盟の構成員をガメルなどの事象が報告されており、ぶっつぶす必要があるかと思いますが、いかがでしょうか」といった討議を行なっていると思っていた。ちなみに、ここでいうガメルとは、睨みつけるという意味の方言である。他の地域と同様、盗む、ねこばばするという意味もあったと記憶している。

 長い長いブランクを経て、少年時代を過ごしたまちに戻ってきた私は、中学生、しかも不良グループにルールに沿った組織運営などできないことを知っている。だいたい「学連」の存在自体怪しい。ところが、私が入っている公益団体で役員を務め、会合で積極的に発言している現在40代の中小企業経営者のなかには、中学生時代、一定のワルだった人も含まれている。当時、焼きそばパンを買いに子分を走らせる過程で覚えた人間操縦術や、対立する隣の学校のグループとの抗争のなかで覚えた駆け引きの機微を、まっとうな社会人になってからも役立てているようだ。

 彼らが額の左右に剃り込みを入れていたころから大人びた役員会を開いていたとは思えないが、学連時代には大人にあこがれつつも「これから殴りこみじゃー」「おー」といった発言が精一杯だった彼らが、中年になってからようやく夢を実現したのかもしれず、一度尋ねてみる必要はありそうなのだが、「てめえ、ケンカ売ってんのか」と胸ぐらを掴まれるおそれもあり、私は中学生時代と同様、彼らの発言を、目を合わせないよう注意しながら黙って聞いている。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中