良野

 富良野に行くことにした。着いたあとどこに行くのか話し合っている途中、ハンドルを握っている私のほうが猛烈に眠たくなり、妻に運転を替わってもらい、熟睡した。目が覚めると車は富良野駅の近くまで来ていた。

 目の前に「『北の国から』資料館」が見えた。富良野といえばスキー場のほうに近いケーキ屋、レストラン、チーズ工房などには行ったことがあるが、市の中心部では何年か前にカレー屋めぐりをした記憶くらいしかない。この資料館が存在していることもこの日まで知らなかった。他に行きたいところもなかったので、1人500円ずつ払って入場してみた。

 入り口のすぐそばに、田中邦衛をはじめとする主要な出演者の大きな写真が並んでいた。長い期間続いていたドラマなので、出演者の数も多い。へぇ、こんな人まで出演していたんだと、驚くような顔ぶれもあった。

 少し進むと、ドラマの制作前の企画段階にまつわる展示物が並んでいた。壁に、「東京の人が喜ぶ、北海道を舞台にしたドラマならそれでいい」というプロデューサーに反論する脚本家・倉本聰の言葉が書き留められていた。

「地元・北海道の人を感動させるようなドラマでないと意味がない」(大意)

 申し訳ない。私は道民でありながら、「北の国から」で感動したことはおろか、見たこともない。もともとドラマというものをあまり見ないし、「ふらの」の3文字のうち、現地語のように「ふ」ではなく、「らの」をやや高く発音するようなドラマは、どうせ外から来た人間が一方的に個人的な思いを投影しただけの虚像だという先入観があった。

 考えてみれば、このドラマについて知っていることといえば、「五郎」(田中邦衛)、「純」(最近もときどきテレビに出ている人)、「螢」(同)の家族3人が主軸となるドラマであること、宮沢りえが露天風呂に入ったこと、富良野が舞台であること、「子どもがまだラーメン食べている途中なんだよ」みたいなシーンがコントでよく引用されること、さだまさしがよく主題歌の作曲の経緯を面白おかしくトークのなかで紹介していること、くらいしかない。ということは、私の先入観にも何ら根拠はないのだが。

 驚いたのは、脚本家が主人公が生まれてからドラマの出発点となる昭和五十年代後半までの人生の歩みを、ドラマのなかではおそらく描写されないにも関わらず、細かく設定していたということ。有名脚本家ともなればこういう仕事にも労を惜しまないようだ。

 その後も、昔のドラマの場面場面を収めた写真、あらすじ、年表などが並んでいた。断片的なことしかわからないが、設定は面白そうだ。富良野出身の五郎。東京で結婚した妻が浮気して失踪。失意の五郎は子ども2人と故郷の富良野での生活を始め、妻の妹が五郎たちのことを案じて富良野にやってくる。うかつにも長い間知らなかったが、乱倫系のドラマであった。そうか、人気の秘密はそこにあったかとまた感心しているうちに、私の妻が「五郎の妻=竹下景子、妻の妹=いしだあゆみ」と考えながらいちいち写真にうなずいていることに気がついた。

 私は「五郎の妻=いしだあゆみ、妻の妹=竹下景子」だと思って頭のなかでドラマのシーンをなんとなく組み上げていたが、だとするとドラマの内容もまったく違ってくる。考えてみれば私もドラマは見ていないし、資料館のなかでは映像は流れていないので、自信はない。入り口付近の写真まで戻って、私のバージョンの配役が正解であることを確かめた。

 あとはもう、登場人物が多すぎて、誰が誰で、何をしたのかわからない。私なら入り口の前にこんな看板をぶら下げたい。

「ドラマのファンでない人が観覧しても意味がない」

 もうひとつ、「北の国から」について覚えていることがあった。高校生のころ、富良野出身の同級生が、「実際にはすごく遠くはなれている所が、ドラマのなかでは近所になっている」と言っていた。ドラマがどんな出来だったのかは結局よくわからないが、ドラマの舞台となったまちから距離が近ければ近いほど、「つくりもの感」を覚えてしまうのは避けられないのではないか。そういえば、「ケンミンショー」の中で描写される大阪人の生態はウソばかりだという大阪人の怒りの言葉を聞いたことがあるが、私はすべて真実だと信じている。

 さて、私たちが観覧しているときは、人影もまばらだったが、それでも一つ一つのコーナーに足を止めて、丹念に写真、ゆかりの品々、その説明文を読んでいる若い女性もいた。この人なんかは完全に「らの」派であろう。

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