花嫁

サラリーマンになって数ヵ月後、誰かに教えられるわけでもなく、行き着いた鉄則がある。

「どの仕事から片付けていいのかわからない時には、まず机の上から片付けろ」

それから20年以上が経過したいま、しみじみと感じる。机の上がいつまで経っても片付かない。どうりで仕事が終わらないはずだ。

机の上に書類が山積みになっているのだから、床の上の書類の山など、気に留める余裕さえない。だが、先日つまづいて、その書類の中に古いアルバムの束があることを思い出した。たしか父がもともとこの会社のどこかに置いてあったものだが、父に尋ねても、白黒写真に写っている人物に心当たりがないという。捨てるわけにもいかず、もう2年くらい放置してあった。

先日の午後、比較的時間に余裕があり、かといって机の上を片付ける気にもならなかったので、その古いアルバムをめくってみた。ホコリが舞い上がり、私の鼻の奥の粘膜を刺激して、鼻水が止まらなくなった。ティッシュを片手に写真を1枚1枚眺めていると、どこかで見た覚えのある老夫婦が。たしかこの老婦人は、私の実家の仏壇の上に写真が飾ってある人。私の曾祖母である。ということは、隣は曾祖父。いずれも、私が生まれる前に死んでいる。父の記憶にないわけがないのだが、見逃したのだろうか。

アルバムの前半に登場する集合写真の傍らに「結婚相談所1000組記念」との文字を見つけた。想像するに、私の曾祖母は結婚相談所に所属し、数多くのマッチングに成功した実績をもっているのかもしれない。このアルバムには私の父が見ても誰だかわからない新郎と新婦の写真が数組分、貼り付けられているのだが、曾祖母にとっては過去の実績の証拠。エースパイロットの乗る戦闘機の機体側面でひとつ、またひとつと増えていく撃墜マークのようなものだったのだろう。

アルバムで一番美しかったのは上に貼りつけた写真の花嫁だった。花婿のほうは髪型の関係か、明日エアコンの室外機を修理した設備業者の営業として、うちの会社に集金に来てもおかしくない雰囲気だ。礼服はハイエースの中でジャンバーに着替えるから大丈夫。一方、文金高島田の花嫁は、現代の花嫁や女性全般とどことなく違う雰囲気を漂わせているものの、いまのものさしでも美しい。デカ目とかキャバクラ風メークとか髪の毛の「盛り」とTatooに嫌悪感を抱かない人は、また違う評価を下すのかもしれないが。

ただ、これはあくまでもアルバム一の美人の話。自分のブサイクさを棚にあげて、さらに、周囲を見回してタイムマシンが発明されていないことを確認した上で言わせてもらえば、全般的に言って、当時は花婿も花嫁もブサイクだったようだ。メークも美容整形の技術もフォトショップもいまほどは進歩していなかったわけで、それも当然である。だいたい、昔といまでは美人やイケメンの定義が違うことは、40代の私がデカ目とかキャバクラ風メークとか髪の毛の「盛り」とTatooに嫌悪感を抱いていることからも明らかではないか。

アルバムに掲載された数組の夫婦の写真は、いずれもこれから幸せになるんだという強い意志に満ちているように見える。「ああこれで幸せになれた」という達成感でも、「幸せになれればいいな」という淡い期待でもない。それは、結婚というイベントがいまよりも重大で、離婚がさらに重大なできごとだったからかもしれない。とくに経済的な自立が難しかった当時の女性は、亭主との関係をうまく築けなければ(到底その資質に恵まれない男をつかんでしまった可能性もあるのだが)、数十年というタイムスパンで暗く惨めな人生を歩むことになる。逆に、いい亭主といい家庭を築ければ、それである程度、その人の人生は「勝ち」だったはずだ。もともと仕事でバリバリ生きていくという選択肢がほぼなかったのだから。

写真の撮影のあと、それぞれの夫婦がどんな道を歩んだのかは想像もできないが、曾祖母が仲をとりもったとすれば、ある程度の状況は把握していたのではないか。考えてみれば、私は自分の曾祖母の名前すら知らないが、アルバムに写真が1枚1枚増えていく以上に、幸せな家庭が増えていくことに曾祖母が達成感を感じていたことは、だいたい想像がつく。

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