名前

記憶力の低下についてはしつこいほど書いているが、単純に「記憶力が鈍った」と片づけていいのかよくわからない事象がある。ときどき、覚えるのが異常に難しい名前に遭遇するのだ。

最近だと、電気設備店を経営している、私よりも5歳程度年上のあの人。第三者からその名前を聞かされるたびに「そう、その名前だった」と思うが、5分もすると忘れている。まるでプラスチックの上に水性サインペンで字を書いているように、覚えても覚えても定着しない。

その人の名前を思いだそうとするとき、決まって「工藤さんかな? いや違うな」というプロセスを経る。リアルな工藤さんとこれといって共通点はないが、なんとなくあの人は工藤さんと呼ばれたほうがしっくり来る。この「工藤」が本当の名前にたどりつくのを邪魔しているようにも思える。誰だ、ホワイトボードに汎用油性ペンで「工藤」と書いたのは。

もう一人、同じような理由で名前がなかなか出てこない人がいる。それは「木村さんもどき」。地域社会ではいい意味でも悪い意味でも有名な人であり、覚えていなければならないのだが、どうしても「木村さん」以外の名前が出てこない。同僚や客との会話でニセ木村さんに言及するときは、「えーと、ほら、あの、なんだっけ」と頭をかきむしる様子を見せるのも恥ずかしいので、ニセ木村さんの経営する企業の名前を代わりに口にする。故意に話題の対象をぼかしているように聞こえるかもしれないが、実際には私がボケているだけだ。

しかし、難攻不落を誇ったニセ木村さんも、ニセ工藤さんも、ようやく覚えることができたと、いまの時点で私は胸を張っている。前者については、偶然、互いに独立した3つの事項について連絡をとらなければならなくなり、しかもうち1件は外国人がらみだったので、苗字を何度も中国語読みしているうちに、日本語とは違う読みが耳に残った。後者については、近く仕事で海外に一緒に行くことになり、さすがに覚えないとまずいだろうなという危機感がはたらいた。

話は変わるが、一時帰省している娘を、最近、その友人のお通夜の会場まで送っていった。まだ10代である。幼いころからある病気の発作に苦しんでいて、大きくなっても体質は好転せず、最終的にその病気に命を奪われた。親代わりとしてその子を育てた人は「彼氏もできて、浴衣も買って、デートもして、一番いいときに死んでしまった」と嘆いておられた。早死にしていいことなんてないけれど、「いちばんいいとき」を経験できたことだけは良かったと思った。

帰り道、10代で他界した人が私の友人のなかにも一人だけいることを思い出した。大学の1年後輩である彼は、大学1年の春休みが終わるころ、自ら命を絶った。深夜に別の友人から電話で、彼の死を告げられた。通夜はもう終わっていた。翌日早朝、大学前に集合し、教授とともに電車で埼玉県北部の実家に行ったが、思いのほか時間がかかり、到着すると告別式はほぼ終わっていた。会場の外から手を合わせることくらいしかできなかった。

私たちは無口なまま、帰りの電車に乗り込んだ。もうすぐ下車というときに、その日は、さらに1年後輩となる新入生の歓迎行事がある日だと聞かされた。新入生たちを迎えて近くのファミレスに行ったが、落ち込んでいてもしょうがないと思うと、必要以上に饒舌になった。あとで後輩から、「あのときのやゆよ先輩は異常な雰囲気だった」と言われた。

死んだ後輩に、何度か、将棋を指してもらったことがある。彼はたしか有段者で、ヘボ将棋の私に優しく教えてくれた。「角筋を早く開けすぎましたね」という言葉をいまも覚えている。

彼は民青の活動にも参加していて、政治とはまったく縁のない別の活動で私と彼がポスターの制作を任されたさい、私が「民青のやつらが作るようなダサいポスターにしよう」と提案すると、快く手伝ってくれた(他の学生の評判は散々だったが)。

彼がなぜ、あんなにも早く死んでしまったのか、私は知らない。別の友人が一周忌の命日に実家を訪れて、もし遺書があるのなら見せてもらえないかと父親に頼んだ。父親は「誰かを傷つけることになるかもしれないし、いまさらその人を傷つけてもしょうがないから」と、断ったという。

ほかにもいくつか、その人について覚えていることがあるのだが、娘の友人の通夜からの帰り道、肝心の名前を忘れてしまっていることに気がついた。漢字2字の苗字のうち最初の1字は思い出せたが、その下にどんな漢字をつけてもしっくりこないのだ。どの組み合わせも、同名の芸能人や、この7~8年に会った同名の人に印象が吸い寄せられるために、正しい名前なのかどうか自信がない。今日の午前中、ある名前を思い浮かべて、そのときは「これだ」と思ったのだが、落ち着いてみると、少しもビンゴ感がない。

出しゃばりすぎかもしれないが、彼が死んだあとしばらくは、私たちが少しでも長く覚えていることが、彼がこの世に生きた証だと感じていたので、ニセ工藤さんやニセ木村さんが思い出せなくてもどうでもいいけれど、彼の名前が思い出せないことについては、申し訳ない気持ちがしている。

しかし、あの世にいるはずの、ほら、その、えーと、ここまで名前が出かかっているナントカさんに謝るには、まずはその名前を思い出さなければならない。思い出そうとする行為を忘れたころに、気泡が水面に浮き上がるようにぽっと思い出すことはよくあるので、それまで待っていてほしい。

さて、私が最近よく聞く、伊集院光の深夜のラジオ番組(録音)のなかで、幼くして病気で死んだ「コンドー君」の話を伊集院がよくする。悲しい思い出話ではなく、笑いをとるための材料の一つとしてである。不謹慎と言えないこともないが、夭折し、少しずつ記憶する人の減っているはずのコンドー君の存在を、別のかたちで蘇らそうとしていると解釈すれば、不愉快な話ではない。

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