才能

ある自己啓発本を、取引先の人に勧められるまま読んだ。渋々といえば渋々なのだが、その人が大成功しているのは事実であり、怪しげな自己啓発本から、本当に有益な情報を抜き出しているのか確かめてみたいとも思った。

その人が、「これ、やゆよ君も読んでみなよ」とオフィスのデスクからもってきたのは、「さあ、才能に目覚めよう」という本(「才能」に「じぶん」とルビが振ってある)。この本の主張は、①欠点を補うより長所を伸ばすべき、②長所は人それぞれで、生まれつき決まっている、の2点に集約できる。しかし、自分の長所がなんなのか知っている人は少ない。そこで長所を診断するウェブサイトが用意されていて、本のカバーの裏側に印字されたシリアルナンバーを使ってアクセスすると、何問だったか覚えていないが、かなりの数の質問に答えたあとで、私の長所を5つ教えてくれる。本の価格は1600円だが、これは長所診断サイトのアクセス権こみの値段だ。

誰でも欠点を補うのは難しく、辛いので、長所を伸ばしたほうがいいという本の主張に飛びつきたくもなる。生まれつき備わっているのに、本人はいまのところ気づいていない長所を教えてくれるのは、自分探しに幸せを感じる人にとって心地良い体験のはずだ。

しかし、私の頭は本を4分の1ほど読み進んだところで2つの疑問を感じてしまった。著者は人が備えているかもしれない強みとして、アレンジ、運命志向、回復志向、学習欲といった34項目を挙げているのだが、誰もがすぐに思い浮かぶはずの強み、たとえば顔の美しさ、背の高さ、記憶力の良さ、体が丈夫であること、計算の速さ、舌の敏感さなど、身体の物理的な状況と関係が深そうな特性は、「強み」としてカウントされていないのだ。本に列挙されているわかりにくい強みより(それぞれの意味については本の中に解説があるが)、「全盛期の浅野ゆう子にちょっと似ている」ほうが大きな強みになると思うのだが。もちろん、「金持ちの子どもに生まれた」といった、言ってしまうと身も蓋もない特性も、この本には登場しない。これらの無視された強みと比べれば、取り上げられている34項目の効果は限定的なのではないか。

もうひとつ、本の冒頭部分で「強みとは常に完璧に近い成果を生み出す能力」との定義が行われていている。だとすればこの強みは相対的なものではなく、絶対的なものであるはずなのに、長所診断サイトでは、誰に対しても五つの強みを選んで教えてくれる。しかしそれは、「学習欲も回復志向も足りないけれど、これら二つを比較すれば、まあ学習欲がないわけじゃない」といった、その人のなかでの比較で選ばれる相対的な強みなのではないか。その程度の強みで「常に完璧に近い成果を生み出す」とは思えないのだ。

診断方法にも疑問がある。診断は、以下のような2つの特質を提示して、そのどちらに当てはまるかを問う形式で行われる。例えば、以下の質問。

「私は、非常にきちんとした人間である。——–私は、非常に頑固な人間である。」

 「きちんとした」に最もよくあてはまるから、「非常に頑固」に最もよくあてはまるまで、5段階の答えが用意されていて、そのうち一つを選ばなくてはならない。しかし、「きちんとした」と「非常に頑固」は、ひとつの数直線の左右にくるような特質だろうか。5段階の答えの中央は「どちらともいえない」だが、「ラーメンが好きです」「ラーメンが嫌いです」に「どちらともいえない。どこの店で食べるかによる」と答えることはできても、「きちんとしているか」と「非常に頑固か」という問いには、「どちらともいえない。だってその質問のしかた、おかしいよね」としか言えない気がするのだ。

ちなみに、私の強みは「適応性」「内省」「収集心」「共感性」「コミュニケーション」だという。たとえば「計画を実現することが好き」でない人は、将来をすでに決まっているものとは考えていないので、適応性に優れている。行動力に欠ける人は内省に優れている。いろんなものを衝動買いする人は収集心に優れている….ということになるらしい。この設問を作った人は、何らかの長所の反対の性格が必ず別の長所になると考えているようなのだが、これはかなりの楽観主義だ。

「仕事上の必要から同時にいくつものことに注意を払わなければならない場合でも、常に生産性を保つことができます」といった、現実の私にはまったくあてはまらない長所が書かれていることもあり、どうもこの本を私個人として信じる気持ちにはなれない。

が、こんな上司がいてくれたらいいなとも思う。「お前はホント計画性のないバカだな」と言われるよりも「きみは計画性のない分、適用性にはすぐれているはずだから、この失敗にめげずにがんばれ」と言われたほうが、社員としては奮起するはずだ。「ケッ、そうやっておだてて社員を踊らせようたって、そうはいかねえからな」とすねてしまう社員にも、この診断サイトならなにか「強み」を用意しているのだろう。

この本を紹介してくれた人に、後日会った。上記の感想をそのまま伝えた。その人も、この本が列挙する個人の強みの正確さにはそれほど関心がなく、社員に診断を受けさせて、結果を社員の鼓舞に使っているという。「そうそう、やゆよ君、結局、ものは言いようってことだよ」とその人は言うのだが、経営者にはこういう「疑問感じない力」が求められる局面もあるのかもしれない。

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さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かす [単行本]
マーカス バッキンガム (著), ドナルド・O. クリフトン (著), 田口 俊樹 (翻訳)
単行本: 357ページ
出版社: 日本経済新聞出版社 (2001/12/1)

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