臭気

悪臭には、純粋に不快なものと、全体的には不快でも部分的には惹きつけられてしまうものがある。指先についたニオイは、本来ならすぐ拭きとってしまいたいが、思わず指を鼻先に近づけてしまった体験は誰にでもあるはず。「いや、そんなことはない」と言われれば話はそこで終わってしまうので、いまこの文章を読んでいる人には全員、そういう覚えがあると「定義」して話を進めたい。

今日の午後、野菜畑でかいだのがそういう類のニオイだった。悪臭か芳香かと問われれば、間違いなく悪臭なのだが、なにかを発酵させて作ったからなのか、感覚的にいえば2割くらい、心地良い成分が含まれている。

畑の主は、5年ほど前に30代半ばで就農した友人。何度か失敗を重ねたが、ここ1~2年は市場価格の高値安定に助けられてなんとか一息ついている。約1年ぶりに会うその友人は、肉体的な疲労よりも、朝から晩まで独りで働いている孤独のほうが耐え難いらしく、やゆよさんは仕事で毎日いろんな人に会えるからうらやましい、というようなことを言った。

「そんなことないですよ。いい人ばかりに会えるわけじゃない」

謙遜でなく、本音を言いながら、私はその瞬間も周囲の空気に含まれている不思議な成分を意識していた。

(なんかこのニオイの中で働けるのって、うらやましい。うちの会社にはないよ、こういうニオイ。たくさんの人に会うけど、こういう体臭の人いないよ)

友人は、農業の牧歌的なイメージはあくまでもイメージのなかだけで、実際には収穫時の相場でその年の収益が大きく左右されるギャンブルだとグチをこぼした。

「でもね、苦労を重ねた結果、目に見える収穫を得る仕事は、本能のレベルで喜びが大きいんじゃないかな」

私は友人を励ましたが、頭のなかにはニオイが充満していた。

(本能のレベルという言葉を使うなら、どっちかというと収穫よりも、このニオイのほうが大きな喜びだよな)

友人は、今朝とれたばかりだが規格外なので出荷しなかったという野菜を一束くれた。私は、タダでもらったら次から来にくくなるからと、100円だけ払わせてもらい、車に乗って家に帰った。

たしかその友人は、サラリーマン時代に体調を崩して食生活の重要性を痛感したことがきっかけで農家になったと記憶している。ほかにも社会人になってしばらくしてから就農した人を何人か知っているが、子どものころから農業にあこがれていた人、子どものアトピーを治すために農村に移住してきた人など、理由はさまざまだ。

彼らが嘘をついているとは思わないが、カブトムシが樹液に集まるように、やや不快だがどこかしら抗しがたい肥料のニオイ、いや香りに吸い寄せられて就農した人だって何%かはいるのではないか。

どこの地方でも農業者の高齢化は深刻な問題で、それだけに地方自治体やJAは新たな農業の担い手探しに頭を抱えている。自然相手の仕事、収穫の喜びといった魅力を強調して若者を農業に招くのもいいが、ニオイに焦点を絞りつつ新規就農者の募集活動を展開してはどうだろうか。

最近の野菜は甘さばかり強調されていて、その野菜特有のクセが薄くなり、栄養価も下がっている。ニンジンやピーマンなど、私が子どものころの「嫌いな野菜ランキング」の常連野菜でとくにその傾向が顕著だと聞く。ニオイに魅せられて農家になった人なら、昔ながらのクセと栄養のある作物だけを出荷し、無臭の作物は規格外としてハネるに違いない。

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