羨望

ラジオである人が「人をうらやむほど馬鹿げたことはない。だってどんなにうらやんでも、その人にはなれないのだから」と言っていた。今夜は眠るタイミングを逸してしまったので、その言葉をきっかけに思い出したことを書き連ねてみる。

これまででうらやましい人と思った相手を挙げろと言われれば、すぐに思い浮かぶ男が1人だけいる。うらやましいと思った瞬間も明確に覚えている。

その相手のイニシャルはI。私の高校1年生のときの同級生で、入学してからすぐに親しくなったような記憶がある。勉強ができて、スポーツ万能で、いまでいうイケメンだった。キアヌ・リーブスのあごをややたくましくした顔だった。彼の顔を思い浮かべながら、ひょっとしたら16分の1とか8分の1とか、ロシアの血が混じっているような気がしてきた。彼は北海道北部の海沿いにある小さなまちの出身であり、空似とは言い切れない。

当然の帰結として、彼は女子の憧れの的になった。ほとんどすべての男子の憧れの的であった美人の生徒もIに憧れ、2人は自然とつきあうようになった。そういうわけで、美男美女はマンガや映画のなかでなくてもくっつきあうものだと私が知ったのは、16歳になるかならないかの春のことだった。

そのとき私が感じたのは、どろどろとしたジェラシーだった。自分になく、Iが備えている数々の条件を恨んだ。これは、中学生や高校生の男子ならしょっちゅう感じていることであり、同じような感情をもったことのない人がいるとすれば、「ひょっとしてこのブログで取り上げられているのは、俺のことじゃないだろうか」と疑ったほうがいい。

ジェラシーがうらやましさに変化したのは、夏のクラス対抗球技大会だ。Iは同級生数人を率いてバスケット競技に参加した。仲間がボールを奪うと、すぐにIにパス、そこから向こうのゴールまでドリブルしながら駆け上がり、右側から回りこんでシュート。そしてIはクラスメートが集まって応援している方を振り向き、白い歯を見せながら、小さくガッツポーズを作ってみせた。このパターンがおもしろいように何度も決まった。そのたびに歓声が上がった。

その瞬間である。この世のなかには、私が持っていないものを持っている人間が存在することを知ったのは。努力では到底、埋めることのできない壁が、体育館でプレーしている彼と、応援している私の間を隔てていた。生まれた瞬間に格差が決まっていた。どうすることもできなかった。壁を作った神様を恨んだところでしかたがない。ジェラシーは分解してどこかに飛んでいった。

その後、ずいぶんとすごい人にもお目にかかったが、うらやましいと思ったことはない。金持ちには高額納税という苦しみが伴う。友人にかなりの美人妻を持つ人がいるが、些細なことで激高してモノを投げつけると聞いてからは同情している。上記の回想からわかる通り、私は運動神経が欠如しているので、いつの日にか誰かにみっちり教わってランニング・シュートを決められたらと夢想することもあるが、これは羨望とはちょっと違う。あまり人のことをうらやましいと思わなくなったのは、うらやましいと思ってもなんの意味もないと教えてくれたIのおかげかもしれない。

ただ、強いてあげるとすれば、このまちの某大学の教員陣がうらやましいと感じることがある。仕事で何度かこの大学の教授や准教授と打ち合わせをしたことがあり、今後、急いで連絡する必要があるかもしれないので携帯の番号を教えてくれないかと尋ねると、多くの人に「携帯を持ってないので」と言われた。実際には家族との連絡や緊急用に携帯を持っていて、外部の人間には非公開としているだけなのかもしれないが、この時代に携帯を持たなくても社会的に許されるとは、なんという幸せだろうとは感じた。

さて、高校を卒業してから30年近くが経ったが、Iとは一度も会っていない。2年ほど前の正月、恩師宅にお邪魔したさい、Iを含む同級生の消息を知ることができた。不幸にも若くして亡くなった人が何人かいた。勉強が嫌いだったはずが、いつのまにか首都圏の大学の准教授になっていた人がいた。Iと付き合っていた美人は、医師となったほかの同級生の妻になったという。

そしてI。北海道を離れて有名企業で働き、妻と子ども2人がいるらしい。恩師が付け加えた。

「で、いまはもう、すっかりハゲ上がっているらしいんだよな」

私が公平な神の存在をはっきりと意識して、心から感謝したのは、後にも先にもこの瞬間だけだ。

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