頭痛

頭痛持ちの私にとり、常備薬といえば頭痛薬である。常備薬というより、ゴミ袋や車のオイル、プリンタのインクなど、定期的に購入する消耗品に近い。

日常生活に深刻な影響が及んでいる一部の人を除けば、世の中の頭痛のほとんどは、死ぬほどの問題ではない。私の場合、頭の痛みのために目がさめて嘔吐するような本格的な頭痛がおいでなさるのは年に1~2回。大抵は、普通なら仕事にあてられる昼休みのあとの1時間を、車を日陰に止めてシートを後ろにいっぱいに倒し、じっとして過ごさなければならない、くらいの問題にしかならない。正直に言って、「問題」だとの認識もないけれど。

頭痛の話をすると、なにか重い病気かもしれないから一度精密検査を受けたほうがいいと周囲に薦められる。一度、総合病院の神経外科に行ったら、医師に「MRIをとりますか?」と言われた。お金がかかりそうなので、とらなくてもいいと答えた。医者は「両手でグー、パーをしてみてください」と言った。私が言われる通りにするのを見て、医師は「とくに問題はなさそうですね」との診断を下した。左右どちらかの脳に異常があれば、動きが非対称になるということなのだろうが、MRIとグーパーの間になにも存在しないのが臨床の現実なのかと、多少驚いた。

1~2年してから別の病院に行った。今度は清水の舞台から飛び降りたつもりでMRIを注文した。MRIの鎮座している部屋で、技師に言われるままに金属製の所持品をすべてカゴの中に入れた。ハサミやボールペンをもっていると、MRIの磁石に引き寄せられて空を飛ぶので危険らしい。日頃から半月刀や万力、金床を携帯していればこういうとき技師に笑ってもらえるのに。

MRIの前のベッドの横たわった。撮影中の頭のブレを防ぐため、プラスチック製の鉄仮面みたいなものをはめられた。ベッドがスライドして、頭が機器に開いた穴の中にすっぽりと入った。

穴の中だからなのか、部屋の照明が落とされたからかなのかは覚えていないのだが、暗くなった。

頭を固定されているので動けない。暗い。トンネルの中に閉じ込められている。追い打ちをかけたのが、MRIの中から響いてくるゴーッという音だった。

話はここで昭和50年代に飛ぶ。ある日、父の友人のOさんが遊びに来て、テープレコーダーを茶の間の座卓の上に置いた。大雪山を横断する国道のトンネルの入り口で録音したものだという。再生ボタンを押すと、雑音が聞こえてきた。

「ザーッ」

Oさんは、これはトンネル入り口付近を流れる川の音だと解説した。

いつまで川の音を聞くのだろうと、当時まだ小学生だった私が疑問に思ったとき、音が消えた。1秒ほどの無音状態をはさんで

「ドドドドドドドドドドド」。

突然の轟音に驚いた。しばらくこの音が続いたあと、また無音を挟んで川の音。

Oさんは当時、地方タレントとして活動していて、ラジオ番組も持っていた。目玉のオカルトコーナーで流したテープを、放送後に私たちの家に持ってきて聞かせてくれたのだ。

Oさんの補足によれば、トンネルは戦争中に掘られたもので、工事では多数の中国人、韓国人作業員が命を落とした。きちんと弔われることなく、現場に埋められてしまった作業員の霊が、その存在を知らせるために現場で使われていた発破の音を、超自然的な力でテープに吹き込んだという話を、私が信じないわけがない。

それからしばらく、夜トイレに行くときは、暗い廊下を走らずにはいられなくなった。大人になった私は、Oさんの話の真偽を確かめるためのルートも持っているのだが、いまの家には廊下などないに等しいので、あえて曖昧なままにしておこうと思う。

ここで話は平成に戻る。MRIから響いてくる音が、録音されていた発破の音にそっくりなのだ。金床を飛ばすほどの強さにもかかわらず、カタチをもてない悲しみや、メーカーであるGEへの恨み節を絞りだすかのようなその響きが、暗くて狭い場所に固定されているという私の身体の状況と相まって、私をパニック寸前まで追いやった。私も社会生活をしている以上、人並みにいやな思いはしているはずだが、生理的にこれほど不愉快だった経験は、ちょっと思い出せない。

私の時間のものさしでいえば数時間が経ったあと(おそらく実際の時間は20分から30分だったのだろうが)、ようやく開放された。再び1時間ほど待たされたあと、医師から「画像を見る限り、とくに異常はない」と言われた。グーパーはさせてもらえなかった。

そして最近、頭痛のパターンが少し変わってきた。私の頭痛をオノマトペで表すとすれば、昔はカ行のカタカナが中心だったが、この1年ほどはマ行や拗音が増えてきたような気がする。安心料だと思って、また病院に行ったほうがいいのかもしれない。

しかし、MRIだけはごめんだ。あんなものにまた入れられたら、脳内の血管や神経細胞は正常でも、頭の中がどうかしてしまい、パーしか出せなくなる。

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頭痛」への2件のフィードバック

  1. ご無沙汰してます。私は健康診断というものを10年ほど受けてこなかったので、先日人間ドックに言ったら「健康です。でも、あー、胃が大きい。普通の人の2倍あります」と診断されました。IQが2倍とか肝機能が2倍とか視力が2倍とか身長が2倍とかでない恨みを胃が晴らしているわけでしょうか。

    アラブがおもしろいことになっているわけですが、今月半ばから横浜在になります。

  2. がらがんさま カイファ・ハールカだったかな。なんせ20年は使ってないので。
    初コメントありがとうございます。
    どこかで言ったことがあるかもしれませんが、私は生涯で一度だけ受けたことのある大腸内視鏡検査で、先生に「うーん、この腸壁はすごーくきれいですねー」と内面的なものをほめてもらったことがあります。外観をほめてもらったことがないだけに、ちょっと複雑でした。
    そうですかいよいよご帰国ですか。日本という国もなかなか特殊で適応に時間がかかるものですが、どうかこれからもご活躍ください。今後もこちらのブログなどでお付き合いいただけるとうれしいです。

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