消失

体のメカニズムが突如としておかしくなることがある。内臓が病気になるのではなく、物理的なメカニズムがおかしくなって動作がぎこちなくなるという意味だ。たとえば突如ヒザの腱にやや強い痛みを感じて足を引きずったり、拇指球がつりそうになって、慌ててもう片方の手で揉むような状態がこれにあたる。ほとんどの場合、5分もすれば収まっている。たぶん、今日起きたのも同じような誤作動なのだろう。

外出先から歩いて帰ってきたら、駐車場に私の車がなかった。自分が今朝停めたはずの一角に、その車がない。同僚がなにかの理由で動かしたのだろうか。いや、同じ駐車場のなかで移動することはあっても、私の車でほかの場所に出かけることは考えられない。何より、鍵は私が持ったまま外出している。

一瞬パニックになった。ジェットコースターで最初のカーブに差し掛かったときのように、脳みそは猛烈に働いているのだが、論理的な考えができなくなった。答えが出ないまま、会社の入り口に向けて一歩踏み出した。社員の誰かが理由を知っているかもしれない。

振り返った。自分の車が白いことを思い出した。目の前にその車があった。いつもと同じテールランプのかたち。同じナンバープレート。その瞬間までなぜか、銀色の車を探していた。理由はわからない。

白い車に乗り換えたのが2週間前で、まだ銀色の車のことが頭から離れていないらしい、という話なら単純なのだが、私は銀色の車を所有したことがない。白い車にはもう7年乗っている。

実はその5分ほど前、訪問先に黒いコートを忘れた。建物を出てから1分くらいして、来たときよりも寒いことに気がついた。そういえばコートをソファの横のコートハンガーにひっかけてきた。すぐにいま来た道を戻った。もっとも、忘れ物はもの心ついたころから数えきれないほど繰り返してきたので、心配の種にはならない。むしろ忘れ物がこの歳になって突然なくなったりすると、脳のどこかとどこかが悪質なできものでつながってしまったのかと心配になるはずだ。

車の「消失」は、これまでのよくある忘れ物はちょっと違う。いやかなり違う。白い車を所有しているという知識が、銀色の車とすりかえられてしまったのだから。

今日、私は急な下り坂に向かって一歩踏み出したのかもしれないが、心のどこかに、大掛かりな手品を見せてもらったような爽快感がある。「さあ、車がパッと消えて……パッと現れた」。不思議な体験の直後にはその白い車を運転しながら、一瞬の緊張から解き放たれた興奮からか、一人で大笑いしてしまった。

こういう体験を繰り返したり、周りに迷惑をかけたりするのだとすれば、申し訳ないし、怖くもある。さらにその先の段階で、車の色にこだわらなくなり、存在しているかどうかさえ気にしなくなるとすれば、それはそれでいいのだけれど、爽快感さえ認識できなくなるとすれば、残念な話だ。

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